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ご挨拶
突然ですが、私の幼少の頃の話です。
1歳にも満たないよちよち歩きの頃、ストーブの上のヤカンをひっくり返してしまい下肢に大火傷。車に跳ねられる交通事故は幼稚園で既に3回。頭皮を破って30針以上縫合したこともあります。小学生では連続バック転をしてガラス戸を突き破り救急車で運ばれ緊急手術など、退院したと思えば、又すぐ入院という繰り返しで、今、普通に生きていることが嘘のように思えます。
それでも大きな後遺症が残ることもなく、元気に過ごしていた中学一年のころ、自宅前に「ほねつぎ」と書かれた“店”ができました。ここはいったい何屋さんだ?「整骨院」と書いてあるぞ?!父が言うには、骨折や捻挫などを診てくれる所らしい。それならラグビーの練習中に痛めていた足首を、病院へ行かなくても診てもらえるならば(当時はもう病院はこりごりだったので)・・・と、お世話になったのがきっかけでこの仕事にめぐり逢い、人の痛みを助けられるっていいなぁ、と思うようになっていました。
痛みについては幼少の頃から事故や怪我に遭っていたこともあり、少しでも早く痛みを楽にすることができるのか、どうすれば身体を元に戻せるのか、という術を自分なりに体験し知っていたように思います。小さい頃は、祖父や祖母から腰が痛い、足が痛い、どこどこが痛いというのを、私が触ると楽になっていたようで、どこか痛いところができるとすぐ私に触らせ、お小遣いをくれました。そういったことも相まってか、先生との出会いで「これは私の天性の仕事だ!」と直感し、12歳で自分の将来を見据えていました。
そして大学へと進学はしましたが、19歳で先生を師事。数々の手技や理論を勉強させていただき、素晴らしい諸先生方との出会いもあり、多くの感動と、奇跡の瞬間を目の当たりにできたこと、その場に遭遇できたことなど、日々進化を続けている治療というものに出会えた事を心底感謝しております。お世話になった諸先生方に心より御礼申し上げますと共に、今後も痛みや苦痛で困っておられる貴殿方々に、より良い成果を挙げられるよう勉強し研究し挑戦し続ける覚悟でおります。
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大崎 十
おおさきじゅう
鍼灸師・柔道整復師
| 1963年 |
大阪市生まれ
幼少の頃より大やけど、大けが、交通事故には5回も遭う |
| 1975年 |
先生との出会い
12歳で治療師を嘱望する |
| 1980年 |
80年、81年全国高校ラグビー選手権 大阪府代表として2年連続花園出場 |
| 1982年 |
大学を中退し明治東洋医学院入学
鍼灸・柔道整復師免許を取得 |
| 1987年 |
米国加州ロサンゼルス、サンノゼへ |
| 1988年 |
帰国
大崎整骨院(分院長)開院 |
| 1990年 |
大崎鍼灸整骨院開院 |
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